【第10回】翻訳の基本テクニック:対応関係調整(1)

※本連載は、弊社刊『アプリ翻訳実践入門』の一部をコンパクトに再編集したものです。

 

キーワード:分割、統合

英語と日本語では文の構成方法や単語の意味範囲が異なるため、文と文、語と語を必ずしも一対一で翻訳できるわけではありません。原文と訳文の対応関係をうまく調整することで、訳文が自然になることがあります。
分割、統合、省略、補足という対応関係調整のうち、今回は「分割」と「統合」を紹介します。

分割

1つの文や語を2つ以上に分けて翻訳する方法です。図Aのイメージです。

図A(『アプリ翻訳実践入門』p. 92より転載)

サンプルの英語原文を見てください。

【原文】Welcome to the Outlook 2007 Startup Wizard, which will guide you through the process of configuring Outlook 2007.(出典:Microsoft Outlook 2007)

which以下の修飾部分を前に出し、次のように1 文のまま訳してみます。

【訳例1】Outlook 2007の設定手順を案内する、Outlook 2007スタートアップ・ウィザードへようこそ。

訳文として間違いではありません。しかし原文には「Outlook 2007スタートアップ・ウィザード」という名前をまず出したいという意図があるはずです。このウィザードを紹介する文だからです。「, which」とカンマがあるwhichは英文法で非制限用法と呼ばれ、先行する言葉に説明を加えるという機能があります。

そこで、whichの前で文を分割し、2文にして訳してみましょう。

【訳例2】Outlook 2007スタートアップ・ウィザードへようこそ。Outlook 2007の設定手順を案内します。

こちらのほうが日本語としても読みやすいですし、ウィザード名がまず出ているので原文の意図も酌んでいると言えます。

1つの英語原文を、2文以上に分割して和訳する場面は頻繁に登場します。基本的なテクニックとしてぜひ身につけておきましょう。

ただし、翻訳メモリー(TM)を使う翻訳案件の場合、分割が望ましくないとされることもあります。翻訳メモリーは基本的に1文どうしの対訳セットを言語資産として蓄積し、再利用します。原文と訳文が一対一で対応していないと、再利用しづらくなるからです。

統合

2つ以上の文や語を合わせて翻訳する方法です。図Bのイメージです。

図B(『アプリ翻訳実践入門』p. 94より転載)

次の英語を例にしてみましょう。

【原文】The data files have been deleted. For this reason, the setup cannot continue.

英語は2文で書かれています。これを2 文のまま日本語に訳すことも可能です。

【訳例1】データ・ファイルが削除されています。このため、セットアップを続行できません。

もちろんこれでも問題ありませんが、1文に統合してみましょう。

【訳例2】データ・ファイルが削除されているため、セットアップを続行できません。

統合したあとは、少しですが短くなっています。アプリのUI上に表示されるメッセージの場合、短いほうが望ましいケースがあります。特にスマホ・アプリでは表示スペースが限られているため、長いと表示しきれないことがあるのです。このように、統合することでメリットが生じるのであれば、このテクニックを活用してみます。

翻訳メモリーを使った翻訳案件の場合、分割と同様に統合でも再利用性が問題になることがあります。もし読みやすさよりも再利用性が重視されるようであれば、統合は慎重に実施しましょう。

まとめ

  • 「対応関係調整」では、原文と訳文の対応関係を調整して訳文を自然なものにします。
  • そのうち「分割」は1つの文や語を2つ以上に分けて翻訳する方法、「統合」は2つ以上の文や語を合わせて翻訳する方法です。

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